今回はマーケティングや営業の手法であるアップセル・クロスセルについてご説明します。アップセルやクロスセルは、主に既存顧客に対するアプローチで、成功すれば顧客単価を大きく上げることも夢ではありません。
ただし、下手をするとただの「押しつけ」になってしまうため、慎重な運用が求められます。アップセルやクロスセルの注意点まで含め、丁寧にお伝えしたいと思います。
より高額なモデルの商品を勧める手法がアップセル、セットとして関連商品を勧める手法がクロスセルです。アップセルもクロスセルも、商品を検討中の顧客や既存顧客(以前商品を購入したことがある)に対して行われる営業手法で、顧客単価を上げることを目的としています。
売り上げとは、単純に考えれば顧客単価×顧客数で計算できます。顧客数を増やすか、顧客単価を上げるしかありません。アップセルやクロスセルは、このうち顧客単価に注目しているわけですね。
昔のマーケティング(広告・宣伝)では、顧客数を増やすことに重きを置いていました。マスメディアに対して大量の広告を打つことで認知度を高め、消費者を引きつけて大量に購買させていたのです。第二次世界大戦後、アメリカや日本を中心に先進諸国で人口が急増したことも、顧客数を重視するマーケティング手法の普及を後押ししました。
もちろん、この時代においてもアップセルやクロスセルは行われていました。たとえば、ファストフードのチェーン店でハンバーガーを注文したときに、「一緒にポテトもいかがですか?」と尋ねるのは典型的なクロスセルです。また、自動車の買い換えのときにより高額な車種を勧めるのは、アップセルの一例と言えます。
しかし、アップセルやクロスセルが脚光を浴びるようになったのは、マーケティングおよび営業の思想の転換が背景にあると言えるでしょう。大量の顧客に売りつけるのではなく、既存顧客を大切に扱い、密な関係を長く維持してLTV(ライフタイムバリュー)を最大化する考え方が主流になりつつあります。そんな中で、既存顧客に対するアップセルやクロスセルによって、単価を高めて売り上げを伸ばすやり方が出てきたわけです。
顧客との密なコミュニケーションがないと、アップセルもクロスセルもただの「ごり押し」になってしまいます。ナーチャリングや営業のフォローを適切に進めないと成功しづらいので、高度なマーケティングおよび営業手法であるとも言えます。CRM(顧客管理)の文脈で用いられることの多い言葉です。
先ほどハンバーガーチェーンや自動車販売店の例を挙げましたが、他にもアップセル・クロスセルは随所で活用されています。ここでは、それぞれ3点ずつ紹介しましょう。
ご存知の方も多いと思いますが、クレジットカード会社が頻繁にアップセルを実施しています。クレジットカードにはランクがあり、取引実績のある顧客に対して少しずつランクの高いカードへの切り替えを勧めてきます。たとえば、年会費が1万円以上(場合によっては数十万円単位)するゴールドカードやプラチナカード、ブラックカードへのランクアップによって、顧客単価の向上を図っています。
銀行でもよく見られます。窓口に投資信託の購入依頼や資産運用の相談のためにやってきた個人投資家に対して、従来の商品よりも手数料が高くなるような金融商品を勧めます。銀行にとって手数料収入は柱の一つであり、こうしたアップセルは重要な営業手法となっています。
他にも、家電量販店でアップセルの実例をよく目にします。たとえば、ノートパソコンを買いに来た顧客に対して、本人の想定していた機種よりもスペックのよい=価格の高いものを勧めるものです。「○○という作業をスムーズにやるためには、これぐらいのメモリが必要」と説得することで、アップセルを実現するわけです。
それではクロスセルはどうでしょう?
たとえば、靴屋に革靴を購入しにきた顧客に対して、クリーナーやブラシ、シュークリームなどといったお手入れ用グッズを勧めることがありますが、こういった売り方は典型的なクロスセルと言えます。
また、最近のECサイト(オンラインショップ)は、過去の購入履歴や閲覧履歴に基づいておすすめ商品を表示しています。また、購入後に「こちらの商品を購入した方は、併せてこちらの商品を購入しています」と画面に表示するのも、クロスセルと言えるでしょう。
自動車の例で言うと、カーナビを勧めるのはクロスセルに当たります。
いかがでしょう?
このように、たとえ言葉は知らなくても、アップセルやクロスセルを駆使している業態は非常に多いと言えます。
なかなか新規見込み客を大量に集客できない場合に、アップセルやクロスセルのような手法は企業にとって魅力的に映るものです。しかし販売側にとって大きなメリットがある一方で、顧客からすると強引に感じやすい手法でもありますから、取扱いには十分に注意すべきです。
ポイントは、あくまで顧客視点を忘れないこと。
つい売る側の都合で考えがちな手法ですから、顧客視点を常に頭に置いて施策を練る必要があります。もし、今より価格の高い商品を購入したら、顧客にどのようなメリットがあるのか。関連商品を購入したら、もとの商品と組み合わせることでどのようなメリットがあるのか。これを顧客に分かりやすく提示することで、アップセルやクロスセルの成功率は上げられます。
また、商品だけでなく企業自体に信頼がある場合も成功しやすいと言えます。長期的な信頼関係を結ぶことで、「あの企業が出した製品なのだから心配ない」と思ってもらえればしめたもの。自社の「ファン」を作ることで、アップセルやクロスセルを仕掛けやすくなります。
長期的な信頼関係ということを踏まえますと、やはりマーケティングプロセスにおけるリードナーチャリング施策がきわめて重要であることが分かります。つまり、購買前のリードに対するナーチャリングももちろんのこと、既存顧客へのフォローのためにもナーチャリングを行うべきだということです。
アップセルやクロスセルの実施を検討する際には、まず「ごり押しと思われないだけの顧客ロイヤルティを既存顧客に対して培っているのか」を自問するとよいでしょう。そこでは既存顧客に質のよいナーチャリング施策を実施していることが、アップセルやクロスセルの前提条件と言ってもよいかもしれません。顧客目線のナーチャリングが行われていれば、仮にアップセルやクロスセルを実施することになっても顧客目線でメリットを提示できるのではないでしょうか。
アップセルやクロスセルを成功させるには、ポイントが大きく3つあります。
第一に、顧客の情報を大量に集積・分析していることです。個人情報や購買行動などのデータを分析することで、アップセルやクロスセルを実施する余地を見いだすことができます。現実的に考えると、CRMの導入がほとんど必須になるでしょう。
第二に、質の高いナーチャリング施策が求められます。くわえて、顧客のエンゲージメント(愛着度、興味・関心)を測定できるツールやプラットフォームがあると分析や実行が格段に楽になります。マーケティングオートメーション(MA)を導入していることがベストです。
第三に、ただアップセルやクロスセルを行うだけではなく、常にPDCAサイクルを回して施策の改善を図ることです。そのためにも、データを分析するチームとマーケティング・営業の現場チームなど組織内関連部署間の連携が必須です。個人や特定チームの「スタンドプレー」では、アップセルやクロスセルのような手法は成功しづらいと言えるでしょう。
このようにアップセルとはより高額な商品を勧めること、クロスセルとは関連商品を勧めることで、どちらも顧客単価を上げるための手法の一つです。
実はこのアップセルやクロスセル、顧客の知識レベルや興味・関心を高めて購買へつなげる「インバウンドマーケティング」の一つであると言えます。バラバラではなく、インバウンドマーケティングの全体像の中で、アップセル・クロスセルを位置づけて理解する必要があります。